功名が辻

 
最近、司馬遼太郎の「功名が辻」を読んだ。
移動の合間などに時間を作っては読み、時間を作っては読み…とやっと読み終わった。
 
一介の武士から国持大名にまでなった山内一豊、その奥さんの「千代」の話です。
へそくりを出して馬を買い求め、それで信長の馬揃えで主人が面目を施せたエピソードは有名なので、知っている人も多いと思います。
現代に当てはめれば、社長が信長・秀吉・家康と社長が変わる中を、奥さんのアドバイスで平凡なサラリーマンがグループ会社の社長に上り詰める…というまぁそんな話です。
 
 
この千代さん、とにかく賢い人で、時には励まし、時には叱り、或いは知恵を授けたりして、ダンナである一豊をうまくコントロールしていく。ダンナを立てつつ、まるで自分でその意見を導き出したようにうまく誘導していく。
 
ただ自分の意見無理押しするのでなく、時には引いたり、暗示したり、時期を変えて言ってみたり。相手を立てながら….というのが実に見事で、自分の商売にも勉強になるところが多い。
さらには女性の武器(?)を活かして可愛く言ってみたり、泣いてみたり、無邪気を装ってみたり….。
言わなくて良いことはぐっと押しとどめる。
 
千代の励ましとアドバイスで一豊は奮い立ち、そして自信を持つ
その気になると実力以上にやっちゃうのだから男は単純だ。 
 
 
彼女が的確なアドバイスができた背景には、本人の発想力の豊かさはもちろんだけど、情報収集に優れていたことが大きい。一豊の同僚や家臣、町の噂、本当かどうか知らないが忍びの類からまでいろんな情報を仕入れて、全体の動きを掴むために自分なりの分析していたという。
それが関が原など数々の合戦で、一豊に出処進退を誤らせなかったことに繋がる。
 
小身の頃から優秀な軍師を雇っていたようなもので、今で言えばマーケティングだろうか? 
 
 
またこの千代さん、小袖をデザインして作るのが趣味で、それを似合う人にタダであげていたそうだ。この小袖は当時としては斬新なものであったらしく、豊臣秀吉が「自分の家来の女房が作ったものだ。」と天皇に自慢して見せたほどだったという。またこの本を読んで初めて知ったのだが、「千代紙」は千代さんの斬新な小袖を由来としているそうだ。
 
ファッション・デザイナーの走りみたいな人で、実に創造性に溢れた人だったようだ。
 
 
この物語、司馬遼太郎なりの独自の味付けがあるからこそ面白い。
 
例えば黄金10枚のヘソクリを出して馬を買った話では、一豊はそれに飛びつかず「なんと可愛げが無いやつだ」と怒鳴ってしまう。「年中貧乏に耐えてきたのに、お前はこっそり黄金を隠して知らせなかったのか !」と最初は文句を言う訳だ。そして千代に対して「情の怖い女だ」と言う。
それに対して千代は「自分が男なら、そういう賢しらぶった複雑な女房など持ちたくない。」と思い、「泣くに限るわ。理屈を言わないでと」ポロリと涙をこぼすことで収めてしまう。
 
夫婦の呼吸みたいなものを捉えた、司馬遼太郎にしかできない見事な表現だ。
 
また司馬遼太郎は、この馬のエピソードについて、千代は馬ではなく、「人の噂」を黄金10枚で買ったと喝破する。「馬はいつか死ぬ。評判はずっと残る」と。….言われてみれば確かにその通りだ。
 
 
馬のエピソードが事実かは分からない。物語としての脚色と言ってしまえばそれまでだ。
またこれは男性の視点から見たひとつの理想像で、今の時代にはナンセンスかもしれない。
 
しかし戦国時代に山内一豊という武将がいて、女房の力で立身出世したことは紛れもない史実であり、また時代は変わっても人情の機微とか人の心はそう変わるものではない。
 
ダンナに出世してもらいたいと願う奥様方にぜひ読んでもらいたい本です。
 
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